函館スイーツ
函館スイーツ
開港の歴史と暮らしが育んだ、甘い文化

箱館(現在の函館)は1859年(安政6年)、横浜・長崎とともに日本最初の国際貿易港として開かれ、いち早く海外の文化や物資を受け入れてきました。人とモノが行き交うこの港町の特性は、食の分野にも独自の広がりをもたらし、様々な和洋菓子が製造されることになります。
江戸時代後期から明治期にかけては、日本海を往来した北前船が、上方(大阪・北陸方面)から砂糖や米、日用品などを道南へ運びました。とくに松前・江差・箱館は「松前三湊(さんそう)」と称され、蝦夷地開拓を支える交易の中心地として栄え、多くの物資とともに甘味文化もこの地にもたらされました。当時まだ貴重品だった砂糖も安定して流通するようになったことで、道南では比較的早い時期から菓子づくりに使われるようになりました。菓子は供物や贈答品として重宝され、やがて地域の暮らしに深く根づいて、後にバリエーション豊かな函館スイーツが花開きます。
暮らしの中に息づく菓子文化
城下町・松前、北前船交易で栄えた江差、そして開港地・箱館。道南の各地で、菓子は祝い事や法事、年中行事に欠かせない存在として、暮らしの中に深く息づいてきました。松前や江差では、餅菓子が供物や年中行事の食として親しまれ、各家庭でも菓子づくりの道具を備え、祝い事やもてなしの甘味を手作りする風習が広がりました。箱館でも、人や文化が行き交う港町ならではの「おもてなし」として、菓子は大切にされてきました。正月の「口取り菓子」や端午の節句の「べこもち」、祝い事や供物の「赤飯」など、季節や節目を彩る味は、家庭の台所から生まれ、世代を越えて受け継がれてきたもの。近代には、祝いの席や記念行事の贈答品としても親しまれ、特別な日の甘味として定着していきます。
こうした菓子を囲む風習は、形を変えながら今も地域の暮らしの中に息づいています。なかでも、「七夕」の風習は現在にも受け継がれる菓子文化のひとつ。7月7日の夕方、子どもたちは「竹に短冊七夕まつり、ろうそく一本ちょうだいな」と唱えながら家々を回り、お菓子をもらって歩きます。もともとは七夕・ねぶた祭としてにぎやかに楽しまれていましたが、明治期に一時姿を消し、大正期に形を変えて復活。かつてのろうそくもらいはやがてお菓子集めへと受け継がれ、菓子を通して人と人とがつながる、函館ならではの夏の風物詩となっています。
「菓子木型」
干菓子づくりに使われる菓子木型。季節の菓子や祝い菓子は、こうした道具とともに各家庭や菓子店で受け継がれてきました。
「口取り菓子」
祝い事や年中行事、法事の席で供されてきた詰め合わせ菓子。落雁や煉切、羊羹など色とりどりの菓子には縁起や季節感が込められ、晴れの日を整える存在として親しまれてきました。
画像提供/五勝手屋本舗
「べこもち」
端午の節句に欠かせない郷土菓子。「べこ」は牛の毛色に由来するといわれており、うるち米や米粉で作られた白と黒の木の葉模様が定番です。あんこ入りのものもあり、色や形も地域や家庭によってさまざま。それぞれの工夫や味わいが、今も受け継がれています。
「赤飯」
祝い事や節目の日の定番。晴れの日を象徴する特別な食べ物として、菓子屋や餅屋が仕立てて配る文化も根づいてきました。一般的な小豆の代わりに甘納豆(砂糖がけにした金時豆)を使うのが北海道流で、食紅でほんのりピンク色に色付けするのも特徴です。
「中花饅頭」
どら焼き風の生地で半月形にあんを包んだ和菓子。お供えや香典返しとして親しまれてきました。
画像提供/五勝手屋本舗
西洋文化と菓子の広がり
明治期に入ると、函館とその周辺では、菓子文化を支える食の環境も大きく変わり始めました。明治初期、隣町の七重村(現在の七飯町)には「七重官園」が設けられ、酪農や製粉、西洋野菜・果樹栽培など、菓子の原材料につながる取り組みが進められます。函館市中でも牛乳の生産や販売が始まり、さらに卵も卸・小売の流通が整ったことで手に入りやすくなり、牛乳やバター、小麦粉とあわせて、西洋由来の食材が少しずつ暮らしの中に広がっていきました。
開港によって海外文化がいち早く伝わった函館では、港町ならではの国際色豊かな空気の中で、和洋折衷の独自の食文化が育まれていきます。外国人や異人館を訪れる人々をもてなす場面でも、菓子は欠かせない存在でした。1883年(明治16年)には英国船員に氷菓子(アイスクリーム)が販売され、食パンづくりも始まるなど、西洋菓子の芽が次々と生まれます。さらに、宣教師によるクリスマスの集いをきっかけにケーキ文化も広まり、クリスマスケーキもまた、函館のまちに親しまれる甘味のひとつとして根づいていきました。
「酪農」
函館近郊では現在も酪農が盛んで、良質な牛乳や生クリーム、バター、チーズなどの乳製品が、函館のスイーツづくりを支えています。
老舗がつないできた伝統の甘味
こうした流れの中で、函館の甘味文化を支えてきたのが、まちに根ざして菓子を作り続けてきた老舗の存在です。祝い事や季節の行事、来客へのもてなしなど、暮らしのさまざまな場面に寄り添いながら、味と技を受け継いできました。時代が移り変わっても変わらないその味は、人々の思い出とともに親しまれ、函館らしい菓子文化の礎となっています。現在もなお、その系譜は道南各地に受け継がれ、歴史ある菓子店がのれんを守り続けています。
千秋庵総本家

1860年(万延元年)創業。開港でにぎわい、人の往来が増えはじめた箱館(函館)の地で菓子づくりを始めた老舗です。時代とともに求められるお菓子のかたちは少しずつ変化してきましたが、素材選びや製法へのこだわりは今も変わりません。四代目・松田咲太郎の時代には、新たな発想も取り入れながら菓子づくりの幅を広げ、大きく発展しました。「元祖山親爺(がんそやまおやじ)」や「どら焼き」などの代表銘菓は、日常のおやつとして世代を超えて親しまれ、多くの人に愛され続けています。
画像提供/千秋庵総本家
五勝手屋本舗

1870年(明治3年)創業。北前船交易で栄えた江差の地に根づく、道南を代表する老舗和菓子店です。交易によってもたらされた砂糖を生かし、羊羹をはじめとする和菓子づくりを続けています。保存性の高い羊羹は商人たちの往来や贈答の場で重宝され、港町の暮らしの中に広く浸透していきました。看板商品の「五勝手屋羊羹」は現在も変わらぬ味で作り続けられ、江差の歴史とともに歩む菓子として親しまれています。
画像提供/五勝手屋本舗
五島軒

1879年(明治12年)創業。開港地・函館で西洋料理とともに洋菓子づくりを広めてきた老舗です。外国人客をもてなす中で生まれた焼き菓子やケーキは、バターや卵を使った新しい味わいとして、やがて市民にも親しまれるようになりました。代表菓子の「ソーフケーキ」は、長崎のカステラを手本に考案されたとされる一品で、外国航路の船内などでも販売されて評判に。現在は復刻され、五島軒を象徴する洋菓子として親しまれています。
画像提供/五島軒
受け継がれ、発展する函館スイーツ
現代の函館でも、和菓子と洋菓子はともに受け継がれ、かたちを変えながら発展を続けています。和菓子では、老舗が守り続けてきた味や技を土台に、季節感や贈答文化を大切にしながら、現代の感性を取り入れた新しい菓子づくりに挑戦しています。牛乳やチーズなど道南の豊かな乳製品を生かした洋菓子も多彩に広がり、なかでも函館発のスフレチーズケーキは全国的な人気を集め、函館を代表する洋菓子として愛されています。そのほか、ソフトクリームも函館を訪れる観光客などに人気です。
「スフレチーズケーキ」
こだわりの乳製品を使用し、口の中でふわっととろける函館の定番みやげとなったミニチーズケーキ。繊細な食感がやみつきに。個包装で、味のバリエーションも楽しいものです。
画像提供/プティ・メルヴィーユ
「函館スイーツ」の誕生とこれから
2014年、菓子団体や企業、経済団体、行政が垣根を越えて連携し、「函館スイーツ推進協議会」が立ち上がりました。観光と甘味を一緒に楽しむ「函館スイーツ電車」の企画や、職人の想いや菓子文化に光を当てたPR冊子「KA・NO・KA」の制作など、函館ならではのスイーツの魅力を、まち全体で発信する取り組みが続いています。また、函館の歴史や文化をテーマにした「函館縄文スイーツ」など、地域らしさを生かした新しい菓子づくりも誕生。受け継がれてきた技と味を大切にしながら、函館スイーツはこれからもまちとともに歩み、その魅力を広げていきます。
「函館縄文スイーツ」
世界遺産の「北海道・北東北の縄文遺跡群」をテーマにしたスイーツが2020年に誕生。縄文時代から食べられていたとされる栗やクルミを使用したもの、遺跡や土偶の形をしたものなど、バラエティ豊か。
函館スイーツ推進協議会PR誌「KA・NO・KA」
2017年3月に創刊。誌名は「菓の香」に由来し、みなみ北海道の菓子やパンにまつわる様々な話題を取り上げ、市民や観光客に向けて「函館スイーツ」を発信しています。
「KA・NO・KA vol.1」待ちわびた、春が来た。
http://www.hakodate-sweets.com/download/kanoka2P.pdf
「KA・NO・KA vol.2」冬を愉しみ、春を待つ。
http://www.hakodate-sweets.com/download/kanoka2.pdf
「KA・NO・KA vol.3」晩秋から冬へ、季節を巡る三四種の菓子。
http://www.hakodate-sweets.com/download/kanoka3.pdf
「KA・NO・KA vol.4」色あざやかに実りを映す。二十六通りの秋
http://www.hakodate-sweets.com/download/kanoka4.pdf
「KA・NO・KA vol.5」砂糖の話。
http://www.hakodate-sweets.com/download/kanoka5.pdf
「KA・NO・KA vol.6」北国の果物とお菓子の話。
http://www.hakodate-sweets.com/download/kanoka6.pdf
参考資料
「KA・NO・KA」(函館スイーツ推進協議会)
「北海道の菓子文化の歴史―その源流を道南に探る―」(北海道菓子工業組合函館支部)